ユーラシアパンクめぐり#8 ハノイ1

 

洗礼、洗礼、また洗礼。

 

 まだ日も昇らないうちに、ハノイに着いた。

 僕は眠たい目をこすりながら下車し、出口に向かう。

案の定客引きが待ち構えており、僕をどこかへ連れて行こうとする。こんな夜中にご苦労なことだ。

朝日が昇るまで駅のベンチに座っているのが懸命に思えた。しかし眠気で判断力が低下していた僕は、一人の年若いバイタク運転手にいいくるめられ、バイクの後ろにまたがっていた。

「安い宿だよ?」

「ノープロブレム! チープ! オーケイ!」

「運賃はほんとに5万ドン(約300円)でいいんだね?」

「イエスイエース!」

 かくしてハノイの迷路のような街をバイクは走り出した。

ベトナムといえば「バイクの洪水」というイメージだが、早朝だからまだ人通りも少ない。とにかく細い路地の数が多く、運転手は若さに任せてかっ飛ばすので、僕は方角を把握するのを早々にあきらめていた。

 

 急に目の前が大きく開けた。

 

 暗くてよくわからないが、木々の輪郭だけはわかった。とても大きな公園といったところか。

その周りを半周ほどして、また細い路地へ、細い路地から裏路地へ。

ようやく着いた運転手オススメの宿は、一泊1000円越えだった。

丁重にお断りし、また次の宿。また1000円越え。また次へ……。

 

 だんだんと痺れが切れてきた。こいつ僕をどうしても高い宿に泊めたいらしいな。おそらく彼が連れていくホテルと結託していて、客を連れ込んだら分け前がもらえるシステムなのだろう。

「おい、ユーセイ、チープオーケイプリーーーズ? ハン?」

 

 運転手も痺れが切れていたみたいだ。露骨に嫌な顔をしている。

交渉は決裂。あとは自分の足で探そうと僕は心に誓った。

さっさとタクシー代を払ってしまおうとポケットを探り、僕はハッとした。

 

10万ドン札しかない。

 

 しかし、ここで払わないというわけにもいかないだろう。僕は「ギブミーチェンジ」といいながら恐る恐る手を伸ばす。

 すると運転手はものすごい勢いで紙幣を掠めとり、たちまちバイクを発進させた。僕は日本語で何か叫んで追いすがったが、人をバカにしたような笑みを浮かべて彼は朝ぼらけの迷路都市へと消えて行った。

 ベトナム、なめたらアカン。

 

 

 僕は荒んだ心を鎮めるため、さきほどの公園でちょっとばかり腰を休めることにした。トボトボと歩く背中はさぞかし敗残者のようだっただろう。

 広い公園だとばかり思っていたが、太陽が照らし出したそこは静謐な湖だった。

湖畔の花々が色鮮やかに風になびいている。琵琶湖ほど大きくはないが、細い路地から抜けたところに広がるその姿は実際より何割か増して雄大である。

 BY Cyril Doussin

 

 そして驚くべき事に、まだ早朝5時くらいだというのに市民たちが群れをなして湖周辺をぐるぐる回ったり、ジョギングしたり、草地で固まって体操をしたりしている。

 僕はバックパックを降ろし近くのベンチに腰掛けた。人の流れを見るともなしに見る。

だんだんと人も増えてきて、一大レクリエーションの様相を呈してきた。

ベトナム人の朝は早い。

 だんだんと街にも活気が出てきた。

飯屋が路上にイスを並べ出し、どこからともなくうまそうな匂いが漂う。

バイクの量は桁違いに多くなり、あちこちから耳障りなクラクションが聞こえてくる。通行人は、そんな地獄の道路をいともたやすく横切っていく。

 よくもまあぶつからないものである。これぞ、歩行者と運転手たちとのコミュニケーション能力の高さだろう。

 すると、朝も早よからご苦労な事に、雑貨類を抱えた物売りが僕に近づいてきた。扇子やライター、ポストカードなどをかわるがわる手に取り値段をいうおばちゃん。ニコニコと友好的な態度を示しながらもなかなか引き下がらない。

 なんとか彼女をやりすごした後、腹が減ってきたので道端のパン売りのところへ行ってみた。まだ暖かいフランスパンを一つ注文する。値段は1万ドン。昨日ラオカイで買ったコーラと同じ値段だ。ちょっと高くないか?

 しかしパン売りは値下げには応じない。

バカじゃないの、という目つきで僕を見る。

しぶしぶ言い値でパンを買って、僕はまたひとつ心が荒んでいく。

 

 

 

 なんだか面倒くさい国に来てしまったようだ。

 

 

 

僕はひどく疲れていた。

かといって、彼らを攻めてばかりもいられない。所詮「現地人と打ち解けて彼らの生活に入り込む」なんて傲慢もいいところだってことだ。こちらがどんなに貧乏のフリをしても、彼らにしてみれば働かずに遊んで暮らしているブルジョアであり、ただの金ズルなのだろう。

 やはり僕にはパンクが、メタルが、音楽が必要だ。人々の生活の表面をサッと通り過ぎるだけの貧乏旅行では、旅人同士で仲良くなることはあっても現地のカルチャーを知ることはできない。

 

 その「旅人同士」というのもまた曲者である。

 

僕はなんとか安宿を見つけ、久しぶりにドミトリーに泊まることになった。そこはヨーロッパ人やオーストラリア人ばかりが滞在していた。アジア人旅行者は僕一人。

 ええ、正直にいうと僕はビビっていました。

今日の予定をたずねたり、情報交換をしたりと、ここではみんな打ち解けている(ような気がする)。パツキン女子2人組になんなく声をかけて街へ繰り出す男どもめ!

 ああ、サバイバル英会話のみでやってきた僕が、社交性の塊である彼らとよろしくやれるのだろうか! というか、言語の壁がなかったとしても女の子と話すのに苦労するような僕だ!

僕のそんな被害妄想が見透かされていたのだろう。

あるドイツ人に卑屈な笑みで「ハイ」といってみたが、完全に無視されてしまった。

 

 やめろ! 今はそれだけで簡単に人や国を嫌いになっちまう!

 

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