ユーラシアパンクめぐり#5 麗江

守銭奴、野犬の恐さを思い知る。

 

昆明からバスに揺られること9時間、ナシ族の住む麗江に到着した。

さっそく長いスカートがひらひらしている民族衣装を着た行商人のおばちゃんに遭遇する。ナシ族はもっぱら女性の力が強く、彼女たちは衣装に限らず、様々な文化を受け継いでいるのだ。そして注目すべきは、動物や自然を象った、独特の象形文字であるトンパ文字だ。漢字の看板に混ざり、時折その丸みを帯びた記号が見受けられる。

 やっと観光らしいことをしてる!!!!

あまりにも腹が減っていたので近くの飯屋で米銭(米でできた麺)を啜ったりビールを飲んだりしていると、もう辺りは暗くなり始めていた。

 さあ、今夜の寝床を探そう。

 バスターミナル近くの宿を2、3軒回ったが、観光地価格なのか、一番安い部屋で80元(約1300円)もする。僕のつまらないエクストリーム精神が、一泊1000円以上払うなんてヨーロッパに行ってからで十分だ、ダダをこねている。

早々にこの区域のホテルに見切りをつけ、少し離れた鉄道駅付近にきっと安宿があるはずだ、と信じて僕は歩き出した。

 

 それが、大いなる過ちだった……。

 

 日は完全に隠れてしまった。繁華街をすぎて明かりの少ない歩道を歩くと、何となく心が焦りだす。僕はすれ違う人の視線にさえ、圧迫を感じている。

不良グループが空き地でタムロしている前を通ったときは、心臓がハードコアパンクしそうだった。

 

幸い彼らは、早足で駆け抜ける僕に声をかけてくることはなかった。

 

通り過ぎてからも、僕は執拗に背後を振り返って歩く。

臆病なのは生き残るには必要な才能だ。まだ一カ国目、見ぐるみ剥がされるわけにはいかない。

 

 突然、アスファルトが途切れた。

 

目の前に広がるのは、オレンジ色のか細い街灯に照らされた瓦礫の山。打ち棄てられたショベルカーが道の真ん中を塞いでいる。

 どないせーちゅうの。この大通りだけが頼りだったのに。

 急に背負ったバックパックがずしりと重くなったようだ。さすがにこのまま未舗装の道を進む勇気はない。

 

引き返すか? いやしかし、ここまで来たんだ。方向はわかっているから、細い路地を進んで行こう。

 

 

 街灯も人通りも完全になくなった。

一面に広がる、暗闇だけの世界。

 

 

僕は少しの物音にもビクビクしながらそれでも歩く。夜空には無数の星がキラめいているが、まったくそれどころではない。

 

 古い民家の横を通ると、中から甘ったるい中国歌謡と家族たちの談笑が聞こえてくる。もう今夜はここで泊めてもらおうか、とも思ったが、また僕の妙なプライドが邪魔をするのだった。

 

その時、

「ウウウウウウゥゥゥゥ、バウ! ワウ! アオン!!!!」

 

 体中の毛穴から汗がほとばしった。野犬の群れがこちらに向かってくる。

3、4匹はいるだろうか。僕は死を覚悟した。

 

 

 彼らを刺激しないようにゆっくり動く。

犬どもは一定の距離を保ったまま僕の動作をうかがっている。眼光が不気味に動く。

 深呼吸一つ、僕は奴らを睨みつけながら前を行く……。

 なんとか無事に危険地帯を抜けた。もう追ってくるものはいない。

 そして目の前に広がる……寺院。

 そこで道は途切れている。

 ……よし、引き返そう。

 

 

 驕り高ぶった日本軍は、中国相手なら簡単に勝てると見込んでいたにも関わらず予想外の激しい抵抗に会い、戦局のめまぐるしい変化に対応しきれず、ずぶずぶと泥沼にはまった挙句、引き返せないところまできてしまい、自滅した。

 

 

 僕は違う! さあ、栄誉ある撤退だ!

 犬どもを蹴散らす勢いでズンズン戻り、来た時よりも速いスピードで繁華街を目指した。

 80元がなんだ。それで一晩命を賄えるんなら安いものよ。

 結局僕はバスターミナルにほど近い、康宏酒店という宿に決めたのだった。時刻はもう夜中の12時を回っていた。

 そこは一人部屋で60元だった。20元のために10キロ以上歩いたのか……。

 ここで僕は一人旅における鉄則を身を以って学んだ。

 

一つ、知らない街に夜到着した場合は宿を選り好みしないこと。

一つ、不安になったらとびきり明るい歌を歌うこと。Going Steadyとか。

 

 死んだように眠った翌朝、僕は世界遺産を見るために街へ出かけた。

 てくてく歩いていると、前から歩いてくる若造のTシャツに目が止まった。スコットランドのハードコアパンクレジェンド、The Exploited。話しかけてみるも、変なものを見るような目で完全に無視された。この、ファッションパンクスめ。

 古城の入り口で泣く泣く110元(2000円)という大金を払い、いざ歴史地区へ。

 入ってすぐの広場では、白馬に乗った老人がたたずんでいる。独特な馬具を施された馬に乗る、民族衣装をバッチリ着こんだ老人。観光客が群がり写真を撮り始める。サービス精神旺盛なことだ。

 そして土産物屋には、お決まりのマグカップやTシャツ、さらには古城とはなんら関係のないアフリカの打楽器なども置いてある。しかも結構高い。なんだかなあ。

 

 それでも迷路のように入り組んだ石畳の路地を適当に進むと、貯水池でおばさんたちが洗濯をしていたり、小学校から子供たちの楽しげな声が聞こえてきたりと、期待していた光景を見ることができた。

 坂道を登り、見晴らしの良い高台に出た。

 

by Sebastian Böll

 

 

 僕は体が打ち震えるのを感じた。

 霊峰、玉龍雪山の足下に何千、何万ものくすんだ銀色の瓦屋根が身を寄せ合っている。人間の作ったもので、これほど美しいものはそうそうない。長い年月を経ても淘汰されずに残ったものには、やはり重厚な情緒がつまっているのだった。

 石段に座りタバコをふかしてふと真下の雑木林を見下ろすと、ペットボトルや空き缶、紙袋などがごちゃごちゃと草木にまとわりついていた。

僕はタバコをねじり消し、吸殻をポケットに入れてそそくさと歩き出した。

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