ユーラシアパンクめぐり#33 未知の国、ジョージア(グルジア)

横山大樹(よこやまひろき)。

 

Flat Sucksのドラマー。

力強いドラミングと柔らかい物腰に定評がある新潟県旧神林村出身のイケメン。

 その他、コンテンポラリーダンスや三味線、チーズや地ビール作り、そして古民家改修などなど、彼のライフワークは枚挙に暇がない。

そんな彼は今年(2013年)6月より、ルーマニアのシビウという街で芸術祭の手伝いに従事していた。主な仕事は通訳、コーディネートなど。

芸術祭自体は既に終了した。しかしせっかくヨーロッパに来たんだから、と彼は帰国を先延ばしにして、一人各地をめぐり観光したり人に会いに行ったりしているのだ。

エジプトでピラミッドを拝み倒し、大樹は今まさに最終目的地であるイスタンブールに向かっている。イスタンブール発、大阪行きのフライトは8月11日。

彼とはせめて2、3日は一緒に過ごしたいものだ。

バンドメンバーと異国の地で待ち合わせ、というのも悪くない。

 

 だが僕は、黒海を眺めてぼうっとしている。

 

 トラブゾンがこんなに僕の気に入るとは思わなかった。

都合3泊もしてしまった。

毎朝6時前に街中のスピーカーから鳴り響くコーランの爆音にも慣れてきた。

主要な観光名所は全て行ったし、毎回行く食堂もできた。

路地裏で子供たちと遊んだりもした。発泡スチロールで瓦割りをやってとせがまれたのである。彼らの中では日本人はどこまでもカラテ民族らしい。

できることなら、ここに住みたいとさえ思う。

オヤジたちと一緒にチャイを啜ってずっとのんびりしていたい。

だけど、大樹に会うのを8月7日ぐらいとして考えると、もうあと4日しかない。

今ジョージア(グルジア)に行かなかったら、次行けるのはいつになるだろう……。

僕は後ろ髪引かれる思いで夜行バスに乗った。

この間と同じMETRO社の長距離バスでグルジアの首都トビリシへ向かう。

バスが出発し、しばらくするとまた乗務員の出番だ。

今回は女性のようだ。乗客の方を振り向く彼女。ヘイヘイ、ギブミーホットチャイ……。

エキゾチックな黒い瞳、形の良い眉。

スッと通った鼻筋にほどよくぽってりとした唇。今までに見たこともないタイプの美人だ。

生え際までキレイな金色をした長い髪からするとロシア系なのかと思いきや、瞳はどことなく中東っぽい。

 

 光の速さで僕は恋に落ちた。

 

 彼女はすばやく人数を数えはじめた。

ワイシャツに黒いベスト、下は同じく黒のパンツスタイル。胸元がとても窮屈そうである。

 

 例によって飲み物が配られる。

 彼女は僕のような東洋人を見ても、動じない様子で接客してくれた。

彼女が淹れてくれたチャイは砂漠で見つけたオアシスも同然だった。香りたつ湯気、スティックシュガーは一つでいい。

 ああ、トルコ語でありがとうってなんていうんだっけ……。

 チョックギュゼルじゃない。それは「美人だね」だ。ああ思い出せない。彼女は次の席に行ってしまう……。

 結局僕はどもりながら「サンキュー」とつぶやいた。彼女はニコリともせず「ユアウェルカム」と言って去って行った。

 

 僕は呆然とそのうしろ姿を見つめる。

 自分の体温、脈拍、ともに異常な値を叩きだしている。

 僕はヘタレだから……なんて言ってる場合じゃない。なんとしても、この移動の間に話しかけなければ。

隣の席に座る二十歳前後のジョージア人少年が、そんな僕を見てニヤリと笑った。

お前みたいなガキにもわかるだろ? 彼女の匂いたつような美貌が。

 

※参考までに、著名なジョージア人女性の画像をいくつか貼ります。

美しすぎる財務相、Vera Kobalia

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Vera.k.jpg

2008年度ミス・ジョージア、Khatuna Skhirtladze

 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Miss_Georgia_08_Khatuna_Skhirtladze.jpg

グルジア出身、UK在住のシンガーソングライター、Katie Melua

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Katie-Melua_2009.jpg

 

 チャンスは国境で訪れた。

バスやトラック、自家用車などが検問を受けるゲート前にずらりと並んでいる。

僕たちのバスはその最後尾に着き、エンジンを止めた。

そして運転手が乗客全員に、荷物を全て持って降りるよう伝えた。隣のガキが英語でそう教えてくれたので助かった。

 トルコ側のイミグレーションに入り、出国のスタンプを押してもらう。

僕たちのバスの客のパスポートは、みんなジョージア製だった。けったいな紋章があしらわれていてどことなく中世の貴族っぽい。

そして乗務員の彼女も同じパスポートだった。

 

 そうか、彼女はジョージア人なのか。

 

 これはトビリシの街行く女性のレベルが期待できそうである。

 ジョージアに入国し、近くにトイレがある野外の休憩スペースで僕たちはバスが出て来るのを待つ。僕は一人だけの異邦人だから、みんながあいつは大丈夫か、と気にかけてくれて大変ありがたい。

あたりに人家の灯りはない。

ひっそりとした静かな乾燥地帯の夜。

僕が星を見上げていると、バスで隣の座席に座っていた少年が近寄ってきた。

「ヘイ、日本人。あんたは何しに俺たちの国へ行くんだ?」

「そうだな……。観光かな」

「へえ。ところであんた何歳? 結婚は?」

「24歳、独身」

「なんだ、まだ結婚してないのか」

キリスト教国であるグルジアだが、恋愛に関しては保守的な考えを持つ人々が多い。

 

そのため、真剣な交際がそのまま結婚へとつながるのだ。極端な話、一度でも誰かとセックスし、その事実が当人たちの家族にばれてしまったら、半強制的に結婚させられるらしい。その結果、若くして結婚する人が多いのだ。

月に照らされ、手持ち無沙汰にたたずんでいる乗務員。

絵画の一場面のように神聖な情景だ。その女盛りの艶かしさから察するに、僕と同い年か、もう少し上といったところだろう。

「ねえ、ちょっとあの添乗員さんにも結婚してるかどうか聞いてくれない?」

「え、あの人に? ……いいけど」

 少年がジョージア語で彼女に話しかけた。チラッと僕を見る少年につられて、彼女の双眸が僕を捉えた。

「結婚してないってさ」

 少年がニヤリと笑う。

「イエエエェェェェス!!!!!」

僕はその場で飛び上がって喜んだ。

もちろん彼女に気がありますよ、というアピールである。

 

しかし彼女は旧ソビエトチックな冷ややかな目で僕を見るのみ。

 でもその冷たさが、またいいものです。

僕はまだまだ攻勢の手を緩めない。

英語で名前を聞く。……イリーナ。

なんて美しい名前だ。

 彼女なら英語を解するだろうが、なにぶんこっぱずかしいので引き続き少年に通訳してもらう。「僕はカオル。独身です」

 彼女は「ヤレヤレ、変な東洋人につかまったもんだわ」というふうに呆れ顔をした。

 その表情さえたまらん。ジョージア語で「美人」をなんというのか学んでこなかったことが悔やまれる。

 相手が第二言語として英語を話す場合に、僕も英語を使えば意志を伝え合うことができるが、相手の母語で話せば互いに心を通わすことができるのだ。

 たとえそれがカタコトの現地語でも、相手の心の壁を破壊する威力はすさまじい。

 でもジョージア行きを決めたのは急だったから、今回はまだ何一つジョージア語を覚えていない。

しかたがないので僕は彼女に向かってトルコ語で「チョック、チョック・ギュゼル」(とても、とても美人だね)と強調して言った。

 すると彼女、やっと言葉を返してくれた。

「サンキュー」

 西洋の女性がよくやる、

片方の眉を吊り上げて「はいはい、どうせ誰にでも言うんでしょ」というように笑うあのやりかただった。

 

 そして彼女は立ち上がり、バスを迎えにまたゲートの方へと向かった。

 

 再びバスに乗ってから到着まで、僕はぐっすり眠ってしまったので、結局それがイリーナとの最初で最後のコミュニケーションだった。

 そんなこんなで入国したジョージア。

 首都トビリシは様々な顔を持つ都市だった。

大通り周辺は無機質でバカでかい建物が並び、まるで自分が一回り小さくなったように感じながら歩くと、時折仰々しく屹立する、赤軍兵士の銅像や無意味に広い噴水に出会う。

これぞソビエト時代の名残というものだ。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Balletto,_Tbilisi.jpg

 

そうかと思えば、ブランド品店や外食チェーンなどでにぎわうショッピングエリアもある。なかでもマクドナルドは資本主義の象徴として、燦然ときらめいていた。

 

そして円錐形の屋根が並ぶ、風情のある旧市街。

たまに風情がありすぎて今にも崩れそうな家もちらほら。

自動車が通れないほど狭い石畳の道を歩くと、シナゴークや古い教会など、歴史的な建造物にぶつかる。その他、僕の他にもたくさんの観光客でにぎわっていた。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tbilisi_sunset-6.jpg

 

そしてなんといっても、街行く女性。

 イリーナレベルの美女があそこにも、ここにも、いたるところでその美しさを見せびらかすように歩いている。

 

 ここはコーカサス。

 

長い歴史の中、ロシアとアジアとヨーロッパの血が混ざり合い、人類総ファッションモデル国家を作り上げたのである。ハラショー。

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