ユーラシアパンクめぐり#27 カトマンズ
飛行機の搭乗口と空港をつなぐ通路はなく、タラップを降りて歩いて向かう。タイよりは幾分涼しいだろうと思っていたが、それほど変わらぬ暑さと湿度だった。
赤茶色の建物が見えた。なんとこのトリブバン空港、レンガ造りなのである。
中に入り、照明が少なく薄暗い廊下を着き進むと、すぐに入国審査。なんだか国を代表する国際空港としてはとてもちんまりしている。
窓口で2週間のアライバルビザを所得し、ATMでネパールルピーを引き出して僕は颯爽と外に出た。
タクシーの客引きたちを振り払い、タイミングよくあらわれたオンボロの青いバスに乗り込む。ぎゅうぎゅうの車内にはやはりスパイスの香り。
「シティセンター?」と誰にともなく聞くと、近くの青年が「イエス」と答えてくれた。
日本人みたいな顔立ちの男だな、と思って他の人と見比べると、これがけっこう平板で素朴な顔面が多い。その数は、インド人のようにホリの深い顔立ちと半々といったところか。
車とバイクと排気ガスでいっぱいの道路を、けたたましいクラクションを鳴らしてバスは行く。
20分ほどで中心地のタメル地区に着いた。後払いの料金は、なんと25円!
排気ガスや土埃でくすんだ赤レンガの建物に、登山グッズの店やゲストハウス、旅行会社などが所狭しと入り込んでいる。まるで生き物のように秩序なく伸びる電線。通りには物売り、観光客、野良犬、ヒッピーが所狭しとうごめいている。
幹線道路以外はデコボコとした狭い砂利道で、水たまりも気にせずにバイクが人をかきわけて進む。混沌と喧騒。僕の靴はあっというまに土色になった。
しかしそんな街中でも、ちょっと角を曲がれば静謐な空気に包まれた寺院に出くわすことになる。仏塔を覆う精緻を極めた彫刻が美しい。
しばし堪能し、再び雑踏の中を歩けば、今度はヒンドゥー教の神が祀られていたりする。さすがは人よりも神が多い街、カトマンズ。
適当な安宿にチェックインし、惰眠をむさぼった。
だが、今日はこれで終わりではない。
ライブだ。
薄汚れた街のあちこちにイカしたフライヤーがヒラヒラと僕を誘うのだ。
日付は今日。タイを出てからベッドで眠ってない身体には少しきつい……。
しかし、アジア最貧国と呼ばれるネパールにもパンクが存在すると知ったら黙っちゃあいられない。それに、日本みたいに毎日ライブがあるわけではないのだ。
そうと決めたら行動は速い。
まずはバラまき用のマイCDRが残り少なくなってきたので、増産のためにかたっぱしからネットカフェをたずねる。どこの国でも、ずらりとパソコンの並ぶ店内で少年たちがネットゲームに夢中になっているのは一緒だ。
しかし、CDR自体がなかったり、そもそもCDドライブがなかったり、とどめは停電が起きるなどして、僕の音楽布教活動は一時中断するしかなくなった。
会場はタメル地区からずいぶん離れたところ。日が暮れてからの郊外の道を、僕は野良犬にビビりながら進んだ。何度も通行人に道を確認し、ついに音楽が漏れ出している廃墟のような建物にたどり着いた。
おそるおそる中に入る。
狭い場内はムンムンする熱気であふれ返っていた。
僕は150ルピーを払い、部屋の奥のほうにもぐりこんだ。
圧倒的に若いネパリーが多い。タイのパンクたちと比べると激しい格好をしている人は少ないが、そんなこととパンク精神は関係ない。そうだろ?
その他、ネパリーにまじって、ほぼ現地化しているヒッピーみたいなクセモノ欧米人が3、4人。これはもうネパリーと呼んでもいいだろう。
僕はそのうちの一人、ドレッドヘアーの美女に話しかけた。
「ネパールのパンクってどう?」
「……ワタシもはじめてだから、わかんない」
「……そ、そう」
「……」
「……あ、今日って3バンドだよね? まだ始まってないの?」
「まだ始まってないよ」
「そうなんだ。……ありがとう」
シェリー、あと何カ国行けば、俺は美人と普通にしゃべれるだろう……。
流れていた音楽がだんだん小さくなり、客をかきわけて最初のバンドが現れた。
Squirt Gunsという若い3人組。
のっけから堅実なハードコアを鳴らし、観客をノリノリにする。そうかと思えばスカみたいな曲もあった。いわゆるRancidサウンドというところか。
心から楽しそうに跳んで跳ねる若者たち。熱気が増して息苦しさを感じてきたので、僕はバーカウンターに避難する。ゴルカを飲んでいる間に彼らの演奏は終了。
次のバンド、Social Nerveはなんとも独特な音楽性だった。女性ギタリストを擁する3人組。
彼らの音楽は、うねり、くねり、無機質でありながら情熱的。とにかく全員の演奏技術が高い。ジャズを思わせる、変幻自在なドラム、メロディのように高低を行き来するベース。そして、街を歩く女性と変わらぬクルタ姿で複雑なリフを弾きまくるギタリストにみんなが釘付けになっていた。気づけば僕はまた群集の中に戻っていた。
最後はTank Girl!
ネパールのアンダーグラウンドシーンの頂点に君臨するアナルコパンクバンド、Rai Ko Risのメンバー二人と女性ギタリストという構成である。
Rai Ko Ris。
アジアのパンクスでその名を知らないヤツは、十中八九モグリである。
ギターやベース、ボーカルを担当するネパリー女性サレーナと、ドラム担当、フランス人男性のオリバーからなる、ネパールで初めてパンクを形にした伝説的なバンドだ。
ちなみにこの二人は夫婦で、仲睦まじくネパール唯一のパンクショップを経営している。
パイオニアだから、というだけでなく、CRASSを彷彿とさせるシンプルかつ耳に残るサウンド、アナキズムの視点から現代社会について鋭く切り込む歌詞、そして生活面においては、ピョートル・クロポトキン(ロシアの思想家)も真っ青な、ヒエラルキーにとらわれない相互扶助の実践などが全世界から多大なリスペクトを受ける所以である。
そのRai Ko Risに、新たに女性ギタリストを加えたのがTank Girlというわけだ。
キャッチーなリフにのせて、よく通るサレーナの声。
観客のボルテージは一気に上がり、場内は酸欠状態となる。
しかしながら、モッシュピットが激しくなると、彼女たちは演奏を止めた。何かトラブルが起こったのかと思って隣のネパリーに聞いてみると、
「いつもこうなんだ。モッシュが激しくなって、怪我人が出そうになるとサレーナは演奏を止めてくれる」
という答えが返ってきた。
なんたる平和主義だろう。僕は自分のしてきたライブをかえりみて恥ずかしくなった。
僕は、観客が盛り上がれば盛り上がるほどいいライブだと思っていた。でも、それは全ての観客のことを考えているとはいえない。むしろ、演奏者側のエゴイズムだ。
サレーナは歌う。この不都合な社会を少しでも良くしようと。
みんな私を悪い女だと言う
みんな私を醜いと言う
私は化粧なんてしない、着飾ったりはしない
みんなが私に言う
「男みたいにギターを弾きやがって」
髪を梳かすこと、まばゆいサリーを着ることもない
Society’s Girl, Society’s Prisoner(社会的女性、社会的囚人)
今、ぶち壊せ!
(Rai Ko Risの楽曲の歌詞)