ユーラシアパンクめぐり#4 昆明編

肉が焼ける甘ったるい香りが僕の鼻腔を刺激する。

 

夜になるとそこかしこに現れる串焼きの屋台は、昆明の人々にとって大事な憩いの場なのだった。牛や豚、鶏や羊のほか、各種様々な野菜が火に炙られている。

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 どれにしようか悩んでいると、後ろのオヤジがオススメを教えてくれた。仰せのとおりに羊肉を頼んでみる。

 

 焼き上がったマトンにたっぷりかけられた香辛料。これはうまい。

 

地ビールの金星との相性も抜群である。

 

 屋台らしい屋台はこれがはじめてだが、その手軽さや簡素なイスや往来との距離がとても僕の気に入った。

 

 

 宿はビジネスホテルを取っていた。上海で泊まったのと同じ系列の「漢庭ホテル」である。シングルルームで、一泊219元もする。贅沢とは知りながらも、すっかり座席の形にフィットしてしまった尻や背中をほぐすためには仕方なかったのだ。

 

 翌日は再び貧乏旅行者に戻るべく、昼まで精一杯だらだらしてから市内のバスを乗り継いで昆明大脚氏国際ユースホステルにチェックインした。敷地いっぱいに緑が溢れる、のんびりとした宿だった。広々とした中庭には卓球台があり、欧米人の若者が精を出している。そういえば欧米人を見るのも久々だ。

 ドミトリーに荷物を置いて、僕はさっそく散策へと繰り出した。

宿でもらった地図を頼りにあちこちをふらつく。スモッグのかけらもない、真っ青な晴天だった。

 

 雲南省には多くの少数民族が住んでおり、各地に独特な文化財や世界遺産がある。しかし、省都の昆明市内にはそういった意味でおもしろそうなものもない。

 

日本でいう長野のような、高地にあるのんびりした地方都市といった趣だ。

 

 上海ほど高層ビルの姿が目立たず、道の両側には様々な個人商店が連なっている。道行く人を見ても、圧倒的に旅行者らしき人は少ない。

 市のほぼ中心に位置する翠湖公園では、春の穏やかな気候の中、多くの市民たちが思い思いにくつろいでいた。

 優しい人声のような胡弓の音色。風にそよぐ木々の葉。大陸の土が舗装された散策路を赤く染めている。波打つ湖面には太陽が反射し、チラチラと僕の視界で遊びまわる。ふと、厚い雲が太陽を覆い隠すと、あたりは別世界のように清涼な空気を増した。

 

 僕は湖に面したベンチに座り、いつまでももの思いにふけった。

 

 宿に戻り、シャワーを浴びて出てくると、坊主頭の精悍な若者が隣のベッドに腰掛けていた。軽く挨拶を交わし、僕が日本人だと名乗ると、彼は興味を惹かれたようで次々に質問を投げかけてきた。負けじと僕も聞き返す。彼は浩一劉といい、山東省から各地を自転車で巡り巡って昨日昆明に着いた、スーパーチャリダーだった。どうりで肌が黒く焼けているわけだ。

 少し日本語を勉強したことがあるらしく、時々「ありがとう」とか「わかりません」とかいうのが微笑ましい。

「僕のことは、日本式に『浩一(こういち)』と呼んでください。あ、少し早いけど晩御飯でも行きますか? いいところ教えてあげるよ」

 

 彼に連れて行かれた店は、地元民が集うごく一般的な食堂だった。メニューを見てスラスラと説明してくれる浩一。

よくわかんないし任せた、というと彼は大声で店員を呼ばわり、適当に何品か頼んでくれる。もちろん、金星ビールも。なんて頼もしいんだ。言葉が通じるって、いいなあ。

 見たところ普通のオムレツのようだが、中国式の甘辛いソースがかかっていて僕は思わず唸った。空芯菜(クーシンツァイ)の炒め物もうまい。そして、白ご飯なんて久しぶりに食べた気がする。

 うれしそうにがっつく僕を見て、浩一は笑いながらどんどん酒を注いでくれた。

「浩一は、彼女いるの?」

「ちょっと前までいたけど、別れたよ。あ、傷心旅行ってわけじゃないよ」

「そっか」

「カオルは?」

「うーん、浩一と似たようなもんかな」

「ああ、そうなんだ。美人だったの?」

「うん、俺はそう思う」

「美人っていいよね」

「美人っていいな」

 

 他愛もない会話がうれしい。やはりご飯は誰かと食べるのが一番おいしいものである。

「ねえ、カオルはQQやってないの?」

「キューキュー? なにそれ」

「中国版のメッセージアプリだよ。ほら」

 浩一は自分の携帯電話の画面を見せてくれた。なるほど、確かに使いやすそうなアプリではある。

「へえ、そんなのがあるんだ」

「中国の若者はみんな使ってるよ。やっぱり政府も世界的な流れを無視するわけにはいかなくて、国内だけ使える似たようなものを生み出したんだろうね。まあ本当はみんな世界規模のメッセンジャーアプリの方がいいんだけどさ」

 話を聞いていると、浩一もまた盲目に政府に従うのを潔しとしない一人だった。

一人でこのバカでかい国をふらついているんだから、もっともなことだ。

「なんか、漢字ばっかりで使いにくそうだな、このアプリ……」

「慣れれば簡単だよ。これで連絡を取り合おう。カオルがこれから行くところのことを色々教えてよ」

「そうだなあ……」

 このアプリを知っていれば、あの電車の中で出会った彼らとも連絡を取り合えるようになったのかも知れない。

 

 しかし、結局僕はQQに登録しないまま昆明を去った。

 

 もう二度と会えない、ということを軽く見すぎていたのだろう。

 

 

 波紋のように広がる棚田

 高地にへばりついた白い民家

 僕は通過するだけ

 バスのテレビ画面の中で日本兵が敗れた

 カンフーの雄たけび、皇軍敗退

 どこにいても国にしばられる!

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