ユーラシアパンクめぐり#2 上海
ヘタレパンクス、さっそくカモとなる
海の色が茶色い!
船は河口に突入し、バカでかい長江の支流をさかのぼり黄浦江に入る。
「まもなく上海に上陸します」というアナウンス。続いて時計を一時間早めるよう案内があった。
大きさも形もさまざまな貨物船や漁船などが浮かんでいる。
港に着いたのは正午すぎ。難なく入国手続きを終え、ついに記念すべき第一カ国目、中国に入った。 待ってろよ、チャイニーズロック!アイムリビンオンナチャイニーズロック!!
建物を出るとむわっとする湿気に包まれた。
目の前は広い道路で、土がこびりついた車や原付、荷物を満載した自転車などが通る。日本とは違い右側通行である。
ところどころひび割れている歩道を、時折バイクがクラクションを鳴らして乗り上げてくる。
あちこちの改装工事中の建物からはすさまじい塵埃。そして通行人の見事な痰の吐きっぷり。
!!!!!!!カァァァァアアアアアア、ペッッッ!!!!!!!
これは気を引き締めてかからないと、中国のエネルギーにやられてしまうぞ。
船で同室だったSさんにくっついて上海の漢庭ホテルというこぎれいな宿に泊まることにした。節約するためダブルルームでともに一夜を過ごす。あんまり「おれが若いころは!」とか言わない人でよかった。
翌日、僕はさっそくカモになった。グェッグェッ
租界(上海の外国人居留地)時代のヨーロッパ風の建物が多く残る海岸通り。
バカみたいに写真を撮っていた僕は、女子大生だという二人組に話しかけられた。彼女たちも旅行者で、西安から来たのだという。二人ともそれほど美人というわけではなく、まさに「都会でがんばって働いている田舎出身者」という容姿。ごめんごめん。
彼女たちは僕が日本人だと聞くと、日本のアニメはすばらしい、ドラマも面白いなどとまくしたて、ついには一緒に写真を撮ろうといいだした。
なんだ、反日感情なんてまるっきりデマじゃん。日本人はモテるんかいな。
記念写真を撮り終えると、ポニーテールの方の女が、
「これからお茶でも飲みにいかない?」
と切り出した。
おお、これが噂の逆ナンパか。
気をよくした僕は快く承諾し、ついていくことにした。
お茶しませんか、というくらいだからどこかの喫茶店だろう。他の客がいる前でまずいことなんて起こるまい! おこる……まい……。
たどり着いたのは、見るからに中国四千年の荘重な伝統をちりばめた高級店だった。
お茶って、ガチのお茶かよ……。
いやな予感を感じつつ、ここまで来て逃げるなんて恥ずかしい真似はできない! という愚かなプライドが僕を突き動かす。
席に着くと、奥からチャイナドレスに身を包んだなかなかの美人が現れ、なにやらメニューらしきものを手渡された。中国語で説明しはじめる美人。
おやおや、ぱっくり開いたスリットからガードルが見えてますよ! いけませんねえ!!
「私たちが通訳してあげる」
女子大生たちは、紙に漢字を書いてまで、とても親切にひとつひとつの品目を教えてくれる。
「一から十で、あなたの好きな数字は?」
「え? うーん、二かな」
「二ね。あのね、数字にはそれぞれ意味があって……」
つらつらと説明する彼女。しかし僕の目はメニューの値段に釘付けで聞こえてはいなかった。
一杯、100元から200元。日本円にして1500円から3000円。
「確かにちょっと高いけど、2、3杯なら大丈夫だから」
内心やばいなあと思い鼓動は速くなるが、その場の雰囲気に流される。
結局三杯ほど飲み比べたが、美味なのかどうかさっぱりわからなかった。最後に何種類かお土産として買っていけと言われるも、かたくなに拒否。それが僕にできた最後の悪あがきだった。冷汗がにじむ。
いよいよお会計。
チャイナドレス美人が持ってきたレシートには、3200元と書かれていた。
「サービス料も入ってるよ」とのたまう田舎女子大生。
「1200元だけ出してくれない?」ともう一人の田舎娘。ワリカンっちゅう文化は知ってんのか。だがお前がお会計されろ。
何がパンク旅行だ。とんだアホじゃないか。
頭の中を整理する時間が必要だった。まだ日本円と中国元の違いがわからず、一体いくら持っていかれたのか判然としない。(約2万円!!!)
それなのにイモ娘たちは平気な顔で日本の話をせがんでくる。僕が生返事をしているとさらに陽気になっていく。
「あなたお土産買わなかったのね。じゃあ次は伝統工芸の……」「行かねえ!!!」
日本語で叫び僕は早足で人ごみの中に隠れた。いいようのない情けなさがこみ上げてきた。
途中で逃げ出せばよかった。いったい何にかっこつけてたのか。いや、ただ流れとか空気というバカみたいな秩序に逆らえなかっただけだ。どうしようもない……。
これがのちに、かおる史上かの有名な
カンボジアでのポーカー詐欺現場冷やかし事件における奇跡のダッシュ
につながるのだが、それはまた別のおはなし。
(外国って恐いところだね、かあさん。)